結局行けず・・・
第3回法制問題小委員会、仕事が立て込んでいて行けなくなってしまいました・・・。
どこかでフォローしてたらいいんですけど。残念・・・。
zfylさんのBlogをみてみたら、知的財産戦略本部の第10回会合の紹介がありました。
そこには資料6を含めたすべての資料がpdfで掲載されていました。
取り急ぎ。
先に投稿しました「知財推進計画2004」の見直しに対する意見で、こういうものがあったので、紹介&コメントをば。
○「Web ログ」を取り扱うサイト等では、著作権侵害行為が多い。『コピーフリーマークを出していない著作者の文献・音楽などの著作物を保護する法律の強化』を望む。(p.45)
あ、そうでしたか(笑)
Webログじゃないサイトの方が多いのかなぁと思っていましたが、いやぁ知りませんでした。
「コピーフリーマーク」っていうのもよくわかりませんが。自由利用マークのこと?
というか、「コピーフリーマークを出していない著作者の文献・音楽などの著作物を保護する法律」って、もしかして著作権法のことでしょうか?
十分保護されていると思うんですが・・・。
世の中にはいろんな人がいることがわかって、とっても勉強になります。この文書。
謎工さんの新Blog "The Casuarina Tree"経由で、
あの知財推進計画2004の見直しに対する意見(私は出しませんでした・・・すみません)が公表されたことを知りました。
知的財産推進計画2004の見直しに関する意見募集の結果について
それを早速読んでみました。
う〜む、謎工さんの「工作」が効を奏して(謎工さんご自身のものと思わしきご意見も多数見受けられますが)、全体的に保護強化反対の立場の意見が多いです。
ですが、ごく少数ながら、出版者の方のご意見(p.46)や、推理作家協会の方?と思わしきご意見(p.50)なども。
ところが、この出版者の方のご意見、明らかに版面権の創設を求めていらっしゃると思うのですが、事務局の方が「版面権」としてまとめたところではなくて「デジタルに対応した著作権」というカテゴリの中に入っています。また、上映権の権利制限の限定反対の意見が「版面権」のカテゴリに入れられていたり・・・作成なされた方のご苦労が偲ばれます。
「推理作家協会の方?と思わしきご意見」とは、次のものです。
○公共図書館の貸出に対し著作権使用料を支払う制度を導入する。公貸権料は全国の図書館の貸出明細を貸与権管理センターにおいて年度毎に集計し、しかるべき料率を以てその額を算定、それを書証として各著者に送付する。著者は確定申告時に同証書を添付、使用額相当分を所得控除として申告できるものとする。出版物の収益回収期間として、公共図書館の貸出開始までに一定の準備期間を設ける。(p.50)
これがなぜか「著作権の管理」にカテゴライズされています。「貸与権管理センター」という記載があるから?せっかく「貸与権」というカテゴリを設けている(pp.44-45)んですから、そこに入れないと!
(そしてそのカテゴリには、「貸与権管理センターが動いていない」といった内容の意見書があるわけで・・・)
ここでは、公貸権の導入と同時に貸出し猶予期間の新設まで要望していますから、おそらく日本推理作家協会の方か、その主張にご賛同なされた方がご提出になられたに違いありません。
しかし、図書館の貸出しと出版物の売上げ減少の因果関係って、論証されていない(むしろ否定的?)んじゃなかったでしたっけ?(まぁ、公貸権を導入している国でもこの因果関係を証明している事例はないんですが)
今朝の報道によりますと、外務省は、以下のことをする方針を固めたそうです。
1.約20カ国の歴史教科書の日本関連の記述の分析
2.日本の歴史教科書を中国語と韓国語に翻訳し、外務省と中韓大使館のHPに掲載
asahi.com
中韓の歴史教科書を外務省研究へ 日本関連の記述
実は、この動きを扱うことが本題ではありませんでして・・・。
(だいたいが日中韓の教科書問題という扱い?)
今回は、この「翻訳」にスポットを当ててみようか、と。
著作権のことをご存知の方は、著作物を翻訳することは著作(権)者に無断でできない、ということもご存知ですよね?無断で翻訳してしまうと、著作(権)者の「翻訳権」の侵害になってしまうからです。
日本の教科書は、ご承知のとおり、「検定」教科書です。したがって、文部省著作教科書を除き、国に著作権はありません。また、歴史教科書の中には文部省著作教科書はありません。
そうなると、著作物を翻訳するには、教科書の本文を執筆した著作者(当該著作者が著作権を譲渡している場合には、譲渡を受けた者)の許諾を得なければならないことになります。
歴史教科書の著作者って、確か何人もいたような・・・。
それに、色々な考えから、国に批判的な学者さんもいるでしょうし、許諾を受けられないということも考えられますし。
・・・本当に大丈夫なのでしょうか?
まぁ、1.については、内々で翻訳する分には42条の適用があるでしょうし、公表するとすれば記述内容を論評する内容になっているでしょうから、この場合には32条1項が適用されるでしょうからいいんですが。
・・・まさか、2.を行うためだけに著作権法改正なんてしないでしょうねぇ(笑)
世間さまとは別の観点から、私は今後の進展が楽しみです。
文部科学省HPをチェックしたら、文化審議会著作権分科会法制問題小委員会の議事録が更新されていて、一番肝心の「6.議事内容」が掲載されていました。
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/gijiroku/013/05033001.htm
分析等は後ほど。
Where is a limit?さんのブログを読んでいましたら、日々適当なBLOG 著作権云々編さん経由で、世耕正成議員のブログが紹介されていました。
日々適当なBLOG 著作権云々編さんは、この世耕議員のブログを「期待大なブログ発見!!!」とお書きですが、ぼくにとっては、世耕議員のブログ(残念ながらメンテ中で午前9時まで見れませんでしたが)も確かに「期待大」ではありますが、日々適当なBLOG 著作権云々編さんも、とっても期待大でして、これから日々読ませていただきます。
いやぁ、今朝はいろいろと発見が多くてうれしいです。
4/28の法制小委も期待大だったらいいんですけど。
Copy & Copyrightさんのブログを読んでいたら、あの謎工さんがブログを復活したとのこと。
お〜!ついに!!
ということで早速チェックしまして、ブックマークに入れました。
いやぁ、この1カ月弱、待ちに待っておりました。
この強力ブログの復活、著作権行政ウォッチャーにとっては大変心強いものです。
謎工さん、よろしくお願いします!
船橋市立図書館で「つくる会」関係者の著書が廃棄されていたことについて、その著者らが同図書館を訴えていた事件で、最高裁第一小法廷が双方の主張を聴く弁論を6/2に開くことを決めたそうです。
最高裁、蔵書廃棄訴訟で弁論開催を通知(NIKKEI NET)
本日(2005/4/19)付け日経朝刊38面にも「図書館蔵書廃棄 最高裁が弁論へ 「つくる会」の訴訟で」という見出しで掲載されていました。
「自己の著書を図書館がみだりに廃棄することを禁止する権利」なんてのが認められるとか??
今後の行方が気になります。
4/12の記事で紹介しました文化審議会著作権分科会法制問題小委員会(第3回)の傍聴申込みですが、本日午前9時半から受付開始です。
この傍聴、プラチナチケット並みの競争率ですので、9時半の時報と同時に送信するくらいの意気込みでないと「すでに締め切りました」となってしまう可能性が高いです。
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/kaisai/05041101.htm
で、詳細ご確認ください。
なお、今回の議題は、前回時間切れにおわった権利制限関係の要望事項のヒアリングの続きと私的録音録画補償金制度の見直しの2本です。
4/8に「4/6衆議院文部科学委員会」という記事を書き込み、川内博史議員の質疑を紹介しました。
この質疑があった4/6の衆議院文部科学委員会の議事録が、衆議院ウェブサイトにアップされていましたので、正確な発言内容等をご確認ください。
真ん中より少し前あたりにございますので・・・。
シンポジウム「今なぜ文字・活字文化の法律なのか」の続きです。
例によって発言の正確さは保証しませんから、細かい揚げ足取りなんかには使わないでくださいね。
(もっと正確なのは後日読売新聞やYomiuri Onlineの「21世紀活字文化プロジェクト」のページなんかに掲載されるでしょうから、そちらをご参照ください。)
○ パネルディスカッション「今なぜ文字・活字文化の法律なのか」(承前)
児玉:出版業界から何か要望は?
小峰:この法案によってこの10年の施策が生かされた感じがした。子どもの本の議員連盟との連携も進んでいる。国の施策では、文化審議会の平成16年の答申「これからの時代に求められる国語力について」に期待している。
これまでの施策によって、子どもの読書環境が活発になってきた。今度の振興法はすべての国民が対象となっている。社会全体への取り組みはこれからである。
公共図書館の予算削減は、出版業界にとっても読者にとっても深刻な影響があるので、公共図書館や学校図書館の整備が求められている。
「施策の展開」については、この10年に必要な施策が並んでいる。法律の実体化のためには、この「施策の展開」のところを実体化できるかがポイントとなると思う。
学校図書館に関する要望については、教育現場の方の要望と捉えている。学校図書館整備5ヵ年計画が平成18年で終了するので、平成19年に向けて、次は高校の学校図書館も入れた施策が求められる。また、学校図書館法改正時の附帯決議を実現していただきたい。
すべての自治体に公共図書館の設置をがんばっていただきたい。3,200ある自治体のうち、設置自治体が1,800もない状態である。設置基準の改革も進めていただきたい。また、読書に関する専門職員の育成も行っていただきたい。
この法案は、活字文化振興のための重要な道しるべとなるものである。国会会期中の成立に向け、エールを送りたい。
児玉:気になるのは学校図書館整備費予算のことで、交付税予算になっているので図書館の整備に使われていない割合がかなりのパーセントであると聞いているが。
河村:日本の予算の組み立て方に問題がある。試算では学校ごとに算定を行っており、年間150億円を組んで都道府県に出している。そして都道府県段階では首長に任せることになっている。地方分権の時代ですから。これが政策官庁としては問題となっている。
町長や市長なんかが熱いところはこの予算以上が支出されている。したがって、省に数字が上がってくるときは、数字が合っている。ところが、「未来議連」で具体的に各自治体に尋ねると、自治体によって格差が出ている。これをきちっとやらないといけないと思っている。このことを各地方でも言っていただかないといけない。
児玉:図書館の存在を知らないところもあるだろうから、リーダーシップを取る人の見識によることになる。
司書教諭を増やす方策は?
肥田:学校図書館を充実させるには、人と本が必要。ところが、人はほとんどが兼任。授業を持って、終了後に図書館へ駆け込むという状態で、過酷な状態である。何としても専任とすることが必要。
「学校司書」という文言を入れたかったが、法律で定められている名称ではないので「専門職員」としている。こういう人の配置はぜひ進めなければならない。
児玉:高学歴の人のモラルの低下の状況に今回の法案がもたらす影響は?
鈴木:教育基本法の改正の問題を抱えている。と言っても、復古調のものを作る気は無い。我々の目指すイメージは、豊かで平和な民主主義国家である。私はプロジェクトリーダーとして1回2時間の会議を50回程度行っている。文字・活字文化振興法は議員立法で、教育基本法改正は内閣から提出してもらう。現在はこの詰めの作業をしているが、この教育基本法改正により、教育振興基本計画を策定することになっている。この計画の中に、学校図書館、司書教諭、図書館の問題などを位置づけるよう、お互い進めていて、お約束させていただく。
児玉:この法案へのエールをお願いします。
松本:日本文藝家協会も日本ペンクラブも、この活動に敬意を表しています。理事会でもこの法案を説明させていただくつもり。
学術書の話を少し。学術書は中小だけでなく大手からも出されている。大手出版社も公共の役割を果たすために儲からないながらも学術書を出している。赤字覚悟で出している。この予算は大ベストセラーの売り上げを振り向けて出されている。図書館協会に調査結果を出していただいたが、その中で浅田次郎さんの『鉄道屋』が1年間で70万冊も借りられていることがわかった。このことは悪いことではないが、出版社がこの売り上げで学術書を出していることを忘れないでいただきたい。学術書は「売れる本」から出ていることをどうか忘れないでいただきたい。
児玉:何かございましたら。
小峰:学術書や専門書は、いわば「基礎研究」のようなもので、5年から10年かけなければならない。子どもの読書推進法は基本計画があるから動いている。その推進を期待したい。
児玉:決意表明を。
肥田:人が人らしく生きるためには読書は欠かせない。この法案の骨子案を透かしてみると「施策の展開」が見えてくる。この施策はみなさまで実施するもの、協力するもの。心の食料自給率を今問われているので、みなさまと一緒にがんばっていきたい。
河村:推進議連285名のお力を借りて進めていきたい。衆参の文部科学委員会・文教科学委員会で議論していただく。郵政民営化法案の動きで延長するかもしれないが、今国会の会期は6月19日までしかないので、超党派で全員賛成で短期間で上げてもらうことを両委員会の幹部に申し入れている。
公貸権や版面権も、積み残された問題として議論していきたい。この法案を表に出すことで進めていきたい。
[17:20 閉会]
シンポジウム「今なぜ文字・活字文化の法律なのか」の続きです。
例によって発言の正確さは保証しませんから、細かい揚げ足取りなんかには使わないでくださいね。
(もっと正確なのは後日読売新聞やYomiuri Onlineの「21世紀活字文化プロジェクト」のページなんかに掲載されるでしょうから、そちらをご参照ください。)
○ パネルディスカッション「今なぜ文字・活字文化の法律なのか」(承前)
児玉:現状はどうか。
河村:ゆとり教育が学力低下を招いた、ということは果たして本当のことか?OECD調査結果ではずいぶん落ちたとみえる。これで日本の学力が落ちたか、と思うが、この調査の設問は、読解力を見ていて、単なる知識では対応できないものだった。
解答者の上位は昔と変わらず、下位層が増えているのが全体を下げている。詰め込みや偏差値教育の弊害ではないか。知・徳・体のほかに「食」育という、人間力を備えた教育を提唱しているが、本を読み、発信することが必要。テストの成績が悪いので見直してもそれで上がるのか?と言っている。
トップのフィンランドの教育担当の国会議員10名と議論をした。フィンランドの授業時間は日本とは変わらない。5月に視察に行くが。先生の質(大学院修士卒が条件)や、落ちこぼれをつくらない教育をしている。日本もこういう方向に行くことが必要だと思う。
「総合的学習の時間」がうまく活用されているのかを検証するのが大事だとわかってきた。富裕層かそうでないか、家庭の中身が「富裕」かどうかで格差が生まれてきた。東大生の親の平均給与が高いということもわかった。
まずレールであろうが、成果をあげる仕組みを考えるのがゆとり教育である。ただシリを叩くのがよいのではない。
児玉:フィンランドでは先生が修士号取得者。99パーセントが公立校なんだそうです。まさにおそるべし、フィンランド。
鈴木:補足的に言うと、今の子どもたちの方が能力が高いこともたくさんある。ITや音楽、芸術などの自己表現などがそうである。トータルの力で子どもをみなければならない。そうすると活字文化を推進することが必要である。環境教育法や文化芸術推進基本法など、色々と努力しているが、ポイントがつかめないのが現状である。
児玉:今後の具体的な方向についてお聞かせいただきたい。
河村:(「文字・活字文化振興法の施行に伴う施策の展開」にそって説明した後、)読むだけでなく書くことも大事にしよう、という思いも含まれている。
公立図書館も、小さな市町村では図書館が無い。これを整備する必要がある。今度は公立図書館の番である。この法案により、未設置自治体での公共図書館の計画的整備を進めたい。
学校教育では、「図書館科」を設け、教員の質を上げる。そして、司書教諭の専任化や小規模校への配置、国際子ども図書館とのネットワーク化、盲・ろう・養護学校図書室の整備を行いたい。また、NIEの位置づけを明確にしたい。
次に、出版事業の支援である。学術書の支援や再販制度維持、出版者の権利保護も真剣に考えなければならない。世界で日本語の翻訳書を出すことで、日本の本の紹介をしたい。文部科学省の予算にも設けている。ブックフェアなども開催したい。
これから法案化を進めるが、必要なものがあればご意見をお寄せいただきたい。法案化の参考にさせていただく。
鈴木:書く力を復活させたい。
児玉:この法案でどういうことが可能か?
肥田:人生のそれぞれのステージで読書ができる環境を整えようと思っている。
子どもをひざに乗せて絵本の読み聞かせをするところから始まるが、学年が上がっていくと本を読まなくなる。高校生の60%以上が本を読まない。
そうなったらなぜマズいのか。
大学は本を読むところである。それができなければ、大学の授業が成り立たない。就職しても、社会のテキストが読み取れなければ、コミュニケーションが取れなくなる。したがって、高校生の不読は大問題である。
学校教育の全過程に読書を入れる。教員養成課程にも入れる。学校図書館は地方であまりにも格差がある。無関心な校長のいる学校はひどい。
「読書はヒマがあればやる」のではなく「読まねばならない」に変換すべきである。認知症にも音読が効く。安藤忠雄先生は「家を造るのにはまず本棚を作れ」とおっしゃった。
お役所の方も民間の方も沢山来ていると思うが、この法案は、しっかりやるための第一歩と考えている。
児玉:「小説を読まない国に未来は無い」ということだろう。この法案に掛ける期待をどうぞ。
松本:民間のレンタルブックに貸与権が与えられ、形の上では施行されている。
しかし一方では公共図書館では6億冊もの本が貸し出されている。これは作家の経済的利益の侵害ではないか。日本以外の先進国では公貸権があり、作家にお金が支払われている。60年前のデンマークが最初で、その後次々と北欧諸国で生まれている。この制度には文化的な意味合いがあり、北欧では母国語で書かれたものを保護している。
オーストリアやイギリス、ドイツでも設けられ、カナダやイスラエル、そしてフランスでも最近設けられた。
我々は公貸権を切実に希望している。ペンクラブと文藝家協会は、日本図書館協会や文化審議会などにも話をしに行った。シンポジウムを開き、沢山の方々が来たが、話し合いの中で分かったのは、双方が深刻な状況にあるということである。このままではどうしようもないので、一緒になってPRしていこうという流れになっている。
先進国並みに図書館を整備する一方で、知的所有権でもある--英国図書館のパンフレットに「公貸権は知的所有権の一部である」とあった--公貸権を設けていただきたい。
[次項に続きます]
文化庁の著作権関係の人事異動(4/1付け)
(官房審議官)
森口泰孝氏 → 辰野裕一氏(前文化庁文化財部長)
※ 森口氏は文部科学省大臣官房審議官(研究開発局担当)へ。
(著作権課著作物流通推進室室長補佐兼著作権電子取引専門官)
溝口浩和氏 → 木村哲規氏(前文化財部伝統文化課文化財保護企画室文化財情報活用計画専門官)
(国際課海賊版対策専門官)
穴沢一夫氏 → 田中健太郎氏(前金沢大国際交流課長)
(著作権課庶務・登録係長)
[森下元文氏](筆頭係員?) → 兼定孝氏(前芸術文化課地域文化振興室事業係長)
(著作権課法規係長)
森下平氏 → [鈴木宏幸氏](前文部科学省科学技術・学術局計画官付)(筆頭係員?)
(著作権課管理係長)
伊藤豊治氏 → 森下元文氏(前著作権課庶務・登録係)
※ 木村氏、兼定氏は著作権課OB。
木村氏:1994年6月-1997年3月:国際著作権室調査係長、1997年4月-9月:マルチメディア著作権室専門職員
兼定氏:1999年4月-2002年3月:庶務・登録係
次は、シンポジウム「今なぜ文字・活字文化の法律なのか」です。
例によって発言の正確さは保証しませんから、細かい揚げ足取りなんかには使わないでくださいね。
(もっと正確なのは後日読売新聞やYomiuri Onlineの「21世紀活字文化プロジェクト」のページなんかに掲載されるでしょうから、そちらをご参照ください。)
○ パネルディスカッション「今なぜ文字・活字文化の法律なのか」
パネリスト:河村建夫(前文部科学大臣、衆議院議員)、小峰紀雄(日本書籍出版協会副理事長、小峰書店社長)、鈴木恒夫(活字文化議員連盟代表幹事、衆議院議員)、肥田美代子(活字文化議員連盟事務局長、衆議院議員)、松本侑子(作家、日本ペンクラブ理事・広報室長)
コーディネーター:児玉清(俳優)
児玉:読書しない人が50%以上いることや、OECD調査などの現状をどうお考えか?
鈴木:私は昭和38年に早稲田大学政治経済学部新聞学科を出て毎日新聞に入り、15年間記者をしてこの世界に入った。このように、書き言葉を中心に青春時代を過ごした者として、国語教育の重要さは念頭に置いている。最近では親が子を殺しても、子が親を殺しても、ベタ記事にしかならない。これは日本社会の乱れを示している。
経済市場原理主義、ジコチュー、大衆迎合・・・日本の文明文化の崩壊を目の当たりにしている。山本有三は30年前から教育の大事さを言ってきた。臨教審のゆとり教育の答申から20年、オウム事件の中心人物は東大などの難関大学を出た者だった。OECDで結果が出ると、ゆとり教育の見直しを言い始める・・・。軽薄な議論だ。
そんなときに何としても作り上げ、崩壊したものを建て直したい。
児玉:法案にかける熱い思いを。
肥田:子どもの本を書いていた30数年前から、子どもの本のスペースが1センチずつ小さくなっている。このことからとっくに本離れや活字離れが進んでいる。でも子どもは本が好き。だけど、本が無いから手が届かない状況になっているだけである。学校図書館は開かずの間で、親も本を読まず、学校でも勧めない。子どもの本離れは当然のこと。私は、子どもに手が届かないことが原因だと考える。
学校図書館整備5ヵ年計画が1992年に出て、学校図書館法の改正、国会決議、国際子ども図書館の設立、子どもの読書議員連盟の設立、推進議員連盟の設立と進んできた。「超党派」「政官民の協力」これが大事で、この10年は実りある10年だと思っている。
朝の読書運動は18,000校で行われ、地域の読み語りやブックスタートも行われ、この流れを大きなうねりにするか小さな流れにするかの正念場となっている。
児玉:現状をどう捉えているか。
松本:作家となって18年。これまで50冊以上本を出している。この法律は、書き言葉だけで生活する者としてとてもすばらしいと思う。感謝している。
出版界の現状は苦しいものとなっている。書店の倒産は1000件以上で、売り場の面積は変わらないが、身近なところの書店が無くなっている。
また、日本の文化・芸術・学術の出版社の経営も悪化している。出版物の売り上げも減少している。
一方で新古書店は都内の各駅にも増えている。読まれるのはいいが、書き手には何も入らないし、書店も大打撃となっている。読み手の人の運動もありがたいが、良質の本を生み出す力が失われている。
また、レンタルブック店がどんどん広まっている。そこで昨年、貸与権を認める法律ができたが、条件で折り合いがつかず、結局未払いのままスタートしている。
図書館の所蔵冊数は、ヨーロッパの水準に達していない。図書館の整備をしてほしいと思う。しかし、10年前に2億冊だった貸出件数が、今では6億冊となっている。このことは、あるいは出版業界に経済的損失を与えているのではないかと思う。
児玉:この法案への熱き思いを。
小峰:より高い日本語を高めるためには読書の質を高めることが必要。同時にメディアリテラシーの観点も出てきた。活字出版文化の基礎としているのは学術専門書や教養書や児童書などである。今は専門性の高い出版物ほど苦しい。これは活字出版文化の衰退を意味している。主要な原因の一つに、出版物が容易に複写されるという問題がある。現在、出版者の権利が規定されていない。したがって、出版者の権利の確立が必要と思う。また、再販制度の維持が必要である。活字出版、読書環境の整備の充実、図書館や学校図書館の整備が必要と考える。
[次項に続きます]
今著作権情報センターのHPをみていたら、大山幸房先生の翻訳によるイギリス著作権法の和訳が掲載されていました。
http://www.cric.or.jp/gaikoku/england/england.html
これは色々使えそうですねぇ。ちなみに図書館関係の規定は37条にあります。
文化庁のホームページに、「著作権者不明等の場合の裁定制度」のページが開設されました。
そして、「リンク」のページを開くと、例の著作権情報センターの「著作権者探し」のサイト先リンクが張られてあり、以下のページにつながります。
「著作権者を捜しています」(著作権情報センターホームページより)
※ 4/25開始のため、今アクセスしても「準備中」となっています。
あと、「過去の裁定実績」というページも設けられていて、とても興味深いです。
ぜひご一覧を。お勧めです。
山崎正和氏による基調講演の続きです。
例によって発言の正確さは保証しませんから、細かい揚げ足取りなんかには使わないでくださいね。
(もっと正確なのは後日読売新聞やYomiuri Onlineの「21世紀活字文化プロジェクト」のページなんかに掲載されるでしょうから、そちらをご参照ください。)
(続く)
・この法案は、まことに時宜にそったものである。国家の教育にとって最も大事な法律と考える。
・国家が個人を教育した歴史はそんなに長いものではなく、百数十年の歴史でしかない。それ以前は、親や職場、寺子屋などで教育を受けていた。
・国家が国民に与える教育には、まったく異なった2つの要素がある。ひとつは「統治行為」で、警察や裁判所があるのと同じである。国民が文字を知らなかったら、よい政治をしたくてもその方法がなくなる。話にならない。もし言葉がバラバラなら、それは社会とは言えなくなる。「1+1=2」という単純な論理の共通性がなければ、社会は成立しない。したがって、最低限の良識を共有しなければならない。したがって、国家は国民に教育を強制できるのである。日本人なら日本語を覚えてくださいよ、そういうことで、義務教育・強制教育を施している。9年間という期間は時代とともに代わってくるし、その中身も大きな議論の種になっている。
・2つめは、国民一人ひとりが自己実現していくための援助である。
・日本語の文法を教えるのは義務教育だが、文学を教えるのは強制にはなじまない。こちらは、自由に個人に選択させながら、それを援助するという方法である。それがやがて回りまわって社会の得になる。優れた発明や芸術作品が生み出されるなどして。この2つめのものは、「サービス」である。
・この2つの要素の線をどこで引くかは問題である。近代化前の日本の教育では、食事前に手を洗うことを教えていた。そうしないと伝染病が流行り、国家の損失となるから、教育する方が安上がりなのである。ところが今や、義務教育に入れる必要はなさそうである。このように、義務の中身はずいぶん変わっていくが、絶対に変わらないのは日本語である。
・国語が成立していない国、例えばアフリカでは何百もの言語があり、インドでは何十もの言語があるが、それらの国の政治のあり方としては難しいものとなっている。したがって、国家は国民にきちんとした日本語を教える権利があり、国民には教わる義務があるのである。
・言葉の本質は「書き言葉」である。話し言葉を育てると書き言葉になるとか、話し言葉を乾燥させると書き言葉になるという意見もあるが、そうではない。
・話し言葉は、話すことで「効果」を与えるために存在する。しかし、もっと効果的なのは、なぐったり、何かを差し出すことである。アントニーがシーザーの死骸を見せたら聴衆が興奮したように、モノを見せるのが一番効果的である。効果が最も優れているのは、しぐさや表情やモノである。
・書き言葉は、自分の気持ちをきちんと組み立てて整理し、相手の解釈に委ねる。そして誤解があれば、書き手が責任を負う。
・民主主義は、民衆を政治家が操作するのではない。手法としてはよいが、全体としてそうされては困る。自分の考えを提示し、じっくり考えてもらって解釈させるのがよい。
・したがって、書き言葉を国民に身につけてもらうことを強制するのは当然のことである。読まないのは読まなくていいような教育をするからそうなるのである。戦後の作文教育は、「何でもいいから思ったことを自由に書きなさい」と教えた。ところが子どもは、「モノの思い方」を知らない。思うためには「道具」が必要である。これが「言葉」である。同じ風景をみて、「夕暮れ」と表現するか「たそがれ」と表現し分けるには、「夕暮れ」「たそがれ」が違うことを知ることが大事である。すなわち、道具を使ってモノを感じるようになるのである。
・最初は強制になる。道具を与えないで野球をさせてはケガをする。強制するのは国民の利益になる。人生の大部分の技術は、強制によって得るものである。楽しくなるには時間がかかる。音楽や野球も、楽しくなるのは時間がかかる。まして日本語おいてをやである。
・日本は考え方の多様性について寛容である。宗教にもそうである。もはやイデオロギーの時代は過ぎた。国民は自分の物差しで計る。すると多様な文化がある。多様な国民を統合するのは何か。宗教やイデオロギーという国もあろうが、日本はそうではない。言葉である。
・そう考えたとき、この法律は時宜にかなったというよりおそらく遅きに失した感がある。超党派で決めていただいたのはありがたいことである。(以上)
[パネルディスカッションに続きます]
次は、山崎正和氏による基調講演です。
例によって発言の正確さは保証しませんから、細かい揚げ足取りなんかには使わないでくださいね。
(もっと正確なのは後日読売新聞やYomiuri Onlineの「21世紀活字文化プロジェクト」のページなんかに掲載されるでしょうから、そちらをご参照ください。)
○基調講演「活字文化と民主主義」 山崎正和(劇作家、東亜大学学長)
・シェイクスピアの戯曲の中で唯一、「ジュリアス・シーザー」が政治、民衆の政治をテーマとした。シーザー暗殺後、山場に入り、市民を集めて演説会が行われる。ブルータスとアントニーが演説をする。大衆に訴える話言葉としては世界的に傑作だと思っている。この演説は非常に有名なものである。
・この演説は、本質は書き言葉であるが、舞台では話し言葉であるかのように書いている。ここでシェイクスピアは、話し言葉の怖さを例証してみたのである。
・ブルータスは、自分がどんなにシーザーを愛しているのかを演説した。そして、独裁者になったから殺した、私も独裁者になったら殺してくれ、と言うと、群集は「そうだそうだ」とはやし立てた。
・次のアントニーの演説も名演説。私はシーザーをかばうつもりも指摘するつもりもない。しかし考えてみてくれ、シーザーはこれだけ我々によいことをしてくれた、というと、群集は「そうだそうだ」と興奮する。そして最後に、「これを見てくれ。この傷はブルータス!」と、シーザーの死骸を見せながら言うと、群集は「ブルータスは人殺し!」と叫ぶ。そしてシーザーの遺書を見せ、「遺産は市民のものになる」と言う。すると群集は、「ブルータスを殺してしまえ」・・・となって、おしまいである。
・ここで示されていることは、人々の感情を煽動する政治である。人々にじっくり考えさせずに興奮させ、賛同を求める、少しも余裕を与えずに・・・。そして最後には、言葉ではない。それを見せると興奮する。
・こういう政治的技法は時には必要と私も思う。民主主義の政治においては避け難い。ただ、唯一の方法として傾くとどうなるかを示したのである。
・恐ろしいファシズムのリーダーであるヒトラーは、ラジオで絶叫して興奮させた。今聞くとどうということもないが、ラジオというメディアが目新しかったことと、当時の社会情勢のもとにおけば、興奮したのだろうと思う。
・リンカーン大統領のゲティスバーグの演説は、実は短いものである。あの文章は、書き言葉で書き、それを覚えて演説したものである。政治的リーダーの演説は慎重に書かれる。専門家によって書かれ、大統領が読む。これは書き言葉で後世に残る。のみならず、受け取り手の心にも大きな変化を起こさせる。
・話し言葉は1対1のやりとりで、聞き手を1人にしない。その場で賛同を求め、意思形成を行わせる。これが話し言葉による民主主義であり、しばしばポピュリズム(民衆煽動主義)に陥りがちで、ファシズムにもなる。
・書き言葉はそうではない。書き言葉にするためには順序、段落を考え、どんな筋道で進めるかの意識に半分以上移っている。
・これが民主主義とポピュリズムを分けるものである。いったん1人にする、考える時間を与える、これが民主主義である。書き言葉は読み返して批評できる。読み返してみると8割賛成だが2割はどうだか、ということもわかるし読んでみると雑駁だということもわかる。これが本当の民主主義である。したがって、書き言葉が民主主義の根底であると考える。
(この項続きます)
またまた続きです。
今回は、シンポジウムの基調講演までの概要をお知らせします。
例によって発言の正確さは保証しませんから、細かい揚げ足取りなんかには使わないでくださいね。
(もっと正確なのは後日読売新聞やYomiuri Onlineの「21世紀活字文化プロジェクト」のページなんかに掲載されるでしょうから、そちらをご参照ください。)
○法案趣旨説明 河村 建夫(前文部科学大臣、衆議院議員)
・ このシンポジウムは、広く国民への理解を広めるために開いた。これまで寄せられた意見でも「国民運動でもよいのでは?」というものがあったので、このためにも説明しなければならないと思った。
・ これまで「子どもの読書活動の推進に関する法律」や「文化芸術振興基本法」などの類似法があり、名前をどうするかで苦労した。また、これらの法律でも活字文化振興の内容が盛り込まれているため、これらの法律と重複しない、これらの法律では保護できない内容として、文字・活字文化の基盤整備を行うということを目的とした。
・ また、これに類する法律についても法制局等でお調べいただいたが、どうもないようである。逆に言うと、日本の文字・活字文化の振興について、国際社会にアピールできることにもなる。
・ それと、子どもの読書離れを食い止めることへのアピールにもなり、また、読書離れに関心が集まり、歯止めにもなるのではないかと評価している。
・OECDの2003年調査で子どもの学力が2000年よりも落ちた。順位だけでなく、OECDの平均にまで落ち込んでいる。そして、思考力についての指摘がなされている。このため、活字文化の振興が必要となる。
・考えるのは日本語の豊かさである。日本語で熟知するためには、書籍・雑誌・新聞などの文字・活字にしっかり触れることが大事であり、享受する機会を与えなければならない。
・最近では英語力を高めるべきという意見もあるが、その根底には日本語がある。
・出版・言論の自由を前提として出版支援を考えている。専門書の出版が困難になっているため、具体的に支援可能なものを文科省に知恵を出させている。
・文字・活字文化振興法の制定とともに個別法の改正も必要となる。また、財政面の裏づけについても関係省庁を叱咤激励している。
○ 来賓あいさつ 河合隼雄・文化庁長官
・今は文字・活字文化が当然のことではなくなっている。文字・活字文化について、もう一度考え直さなければならない。ケルト文明は自然との豊かな関係があったが文字はなかった。日本は自然との深い関係も持ちながら文字も持っていた。それが文明から映像が出てきたため、文字がわからなくなってきている。映像は「わかった気にさせる」ものなので、文字に帰ってゆっくり考えてみよう、ということだ。朝の10分間の読書も効果があったと思う。
(次回は基調講演の様子を・・・)
文化審議会著作権分科会法制問題小委員会(第3回)が以下の日程にて開かれます。
例のごとく一般傍聴枠は20席しか用意されていませんので、お早めにお申込みを!(かくいう私、第2回会議の申込みを忘れてしまって傍聴できず・・・)
文化審議会著作権分科会法制問題小委員会(第3回)の開催について(文部科学省HPから)
なお、傍聴申込み開始日時は、2005年4月19日午前9時30分です。
当日の議事予定は、以下のとおり。
1 日時 平成17年4月28日(木曜日)9時30分~13時
2 場所 経済産業省別館11階 1111号会議室〔東京都千代田区霞が関1-3-1〕
3 議事
(1) 権利制限の見直し[2](要望者等ヒアリング・質疑応答)
(2) 私的録音録画補償金の見直し[1](要望者等ヒアリング・質疑応答)
(3) その他
あれ?
権利制限の見直しのヒアリングもあるんですね。てっきり私的録音録画補償金の見直しだけだと思っていましたけど・・・。
今回はパスしようかと思っていましたが、権利者団体が出てくるかもしれませんから、やっぱり申し込むことにします。
取り急ぎ・・・。
※今回の開催のお知らせは、おなじみzfylさんのウェブログで知りました。zfylさん、いつもありがとうございます!
またまた続きです。
もう一つ気になったことは、この振興法の内容からすると、パネルディスカッションの壇上には公共図書館や学校図書館の関係者がいなければならないはずですが、壇上にいるのは議連の先生方と書協の副理事長さんと、公貸権一筋のペンクラブ広報室長さん・・・。コーディネータの児玉清さんが「ディスカバー図書館」つながりで図書館関係者ってことだったりして(笑)
児玉さんから「この法案にエールを」という質問が議員以外の両者になされましたが、そういう質問は図書館関係者にこそ向けられるべきものですし・・・。
議連の先生方には図書館関係者のことなんて眼中にないんでしょうか?
それとも図書館界の影響力の低さを物語るのでしょうか??
いち図書館員として悲しむべき状況でした。
日図協さんや学図協さん、もう少しがんばってくださいね~!(と自戒を込めてエールを送りますです・・・)
続きです。
このシンポジウムでは、以下の資料が配られていました。
・シンポジウムの次第書き
・活字文化議員連盟役員名簿
・文字・活字文化振興法案(骨子案)
・文字・活字文化振興法の施行に伴う施策の展開
・1枚両面刷の資料(OECDの調査概要、一ヶ月の読書量を示す表、朝の読書活動に取り組む学校の割合の表など・・・)
この中で、法案の骨子案と「施策の展開」は、4/1付けの読売に出ています。
また、肥田美代子議員のウェブサイトにも出ています。
・文字・活字文化振興法案(骨子案)
・文字・活字文化振興法の施行に伴う施策の展開
これらの資料は、3/31の活字文化議員連盟の総会で配布された資料とのことです。
ところが、このシンポジウムで配られた資料と、ただ一点だけ異なる箇所が!
それは、「文字・活字文化振興法の施行に伴う施策の展開」の「③ 出版活動への支援」の上から3つ目の項目です。
3/31提出の資料では、「・版面権の創設(出版者の固有の権利)」となっていますが・・・。
この日の配布資料では、「・著作者及び出版者の権利保護の充実」となっています。
あれ?4月1日から4月11日までの11日間のあいだに、「著作者」の権利保護の充実、すなわち公貸権制度が”もぐりこんだ”のでしょうか・・・??
4/10の記事で紹介させていただきました「文字・活字文化振興法」シンポジウムに昨日行ってまいりました。
読売新聞の本日(4/12)付け朝刊33面にも記事が掲載されていました(他の主要紙には掲載なし)。
このシンポ、山崎正和氏の「活字文化と民主主義」という基調講演もとてもすばらしかった(「国家は日本語を教える権利があり、国民は日本語を教わる義務がある」というくだりには少しゾッとはしましたが、書き言葉と話し言葉の違い、書き言葉によって政治をしなければならないという主張にはうなずけました。まるで山崎氏のエッセイを読んでいるような完成度の高さに、さすがは劇作家!と思いました)ですし、後半のシンポジウムの内容もとてもよかったのですが・・・ひとりだけ異端児(?)がいらっしゃったのが残念。
それは、作家であり(18年間作家をなされているとか)、かの日本ペンクラブ広報室長であります、松本侑子氏です。松本氏はひたすら「公共貸与権」の創設を訴えかけるばかりで、この法案のことについては一言も触れていませんでした。
しかも・・・「コミックレンタルショップがどんどん増えてます」「先進国では公貸権を導入しています。現在では30ヶ国が導入しています」など、「ホンマかいな?」と思われるコメントを連発。
コミックレンタルショップはどんどん増えるどころか、昨年12月31日には大手レンタルチェーン店が閉店しているんですけど・・・。
先進国でもアメリカやイタリア、スペインなんかでは公貸権は導入していませんけど。また、いくら多く見積もっても20数カ国しか公貸権は導入されていませんよ。カナダやイスラエルなんかは法制度にすらなっていませんよ。イスラエルやニュージーランドでは予算が足りない足りないって状態らしいですけど・・・。
あと、「公立図書館貸出実態調査」の結果を引いて、「鉄道屋」が1年間で70万冊も借りているなんてことをおっしゃっていましたけど、あの「図書館提供率」が本当に貸出し冊数の実態を示しているのかはけっこう怪しいってことになっていたんじゃなかったでしたっけ?
それに、図書館で借りる人が必ずしも買う人と一致するとはいえないってことは、ご存知ですよね?
あと、「日本図書館協会さんにお調べいただいた調査の結果」とかおっしゃっていましたけれども、あれは日本書籍出版協会と日本図書館協会の共同調査で、両当事者が一緒に調査をしたということがあの調査の成果なんじゃなかったんですか?
それから、日本推理作家協会は、公貸権の導入に否定的なんじゃなかったでしたっけ?あたかも作家がすべて公貸権の導入を希望しているようなニュアンスで主張をするのはどうなんでしょうか。
日本推理作家協会が文化審議会著作権分科会への法改正要望
※このpdfファイルの35ページ目(項目(82))にあります。
この中で「公貸権の導入に当たって、国や自治体に補償金等の財源を求めるものは、金額的にあまり実効があがらぬ恐れがあるほか、手続き的にも繁雑な作業が予想される。それよりは、貸出実績データにしかるべき利用率を掛け合わせ、算出された公貸権料を著作権者の所得税の控除対象にする、という方式がより実務的と思われる」と述べています。
読売新聞がこのシンポの紹介記事に公貸権のことを一言も触れていないのもわかるような気がします・・・。
2005年4月10日付け朝日新聞朝刊の23面に、「入試問題 広がる著作権対策 旭川医大 提供、原則受験生のみ」という記事が載っていました。
まぁ最近受験参考書や問題集への文芸作品の引用について色々とトラブルがあったり、三田誠広氏なんかが予備校団体などと色々と交渉をなされていることなんかが背景となっているんでしょうが、教育産業なんかで著作権対策が広まりつつあるらしいです。
まぁこのような動きはいいんでしょうが、ここで一つ気になる記述が・・・。
「一方、駿台予備学校では、札幌校などで新たな著作権対策を始めた。昨年度までは入試後の当日中に翌年の受験予定者が実際の問題を使って腕試しする企画があった。しかし、今年度からは実際の試験問題を使うのをやめて独自に作成した問題を使うことにした。/試験問題を参考書などに転載する場合は著作権者に確認しているが、入試当日だとそれに間に合わないのでやめることにしたという」
あれ?これって事後に補償金を払えば大丈夫なんじゃなかったでしたっけ?
それか、「腕試し」だからダメとか??模試だったらいいんでしょうか。ううむ・・・。(著作権法36条2項に該当するような気が・・・)
[参考]著作権法36条
(試験問題としての複製等)
第三十六条 公表された著作物については、入学試験その他人の学識技能に関する試験又は検定の目的上必要と認められる限度において、当該試験又は検定の問題として複製し、又は公衆送信(放送又は有線放送を除き、自動公衆送信の場合にあつては送信可能化を含む。次項において同じ。)を行うことができる。ただし、当該著作物の種類及び用途並びに当該公衆送信の態様に照らし著作権者の利益を不当に害することとなる場合は、この限りでない。
2 営利を目的として前項の複製又は公衆送信を行う者は、通常の使用料の額に相当する額の補償金を著作権者に支払わなければならない。
「ドラマで図書館員、刑事に個人情報 「信頼損ねる」テレ朝に抗議」東京新聞2005.4.9付け27面
昨年(2004年)12月8日放映のテレ朝のドラマ「相棒」の中で司書が刑事に利用記録を見せるというシーンがあることについて、今年(2005年)2月、世田谷区職員労働組合教育分会がテレ朝を抗議し、3月1日付け文書でテレ朝が回答したのですが、同分会は更に謝罪と訂正を求める声明文を近くテレ朝に送るらしいです。
テレ朝の3/1の回答から最近まで、何か両者であったんでしょうか?ううむ、よくわかりません。
【関係記事】
テレ朝のドラマ「相棒」の第7回「夢を喰う女」の紹介ページ
日本図書館協会が今年2月1日付けで出した「要請」
あがた氏作成「図書館映画とテレビ番組」より「20041208相棒「夢を喰う女」
Shuppan News blog 2005年2月10日「相棒」
※ 消去されたテレ朝の謝罪文が収録されています。
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