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パネルディスカッション(2):「文字・活字文化振興法」シンポジウム(8)

シンポジウム「今なぜ文字・活字文化の法律なのか」の続きです。
例によって発言の正確さは保証しませんから、細かい揚げ足取りなんかには使わないでくださいね。
(もっと正確なのは後日読売新聞やYomiuri Onlineの「21世紀活字文化プロジェクト」のページなんかに掲載されるでしょうから、そちらをご参照ください。)

○ パネルディスカッション「今なぜ文字・活字文化の法律なのか」(承前)

児玉:現状はどうか。
河村:ゆとり教育が学力低下を招いた、ということは果たして本当のことか?OECD調査結果ではずいぶん落ちたとみえる。これで日本の学力が落ちたか、と思うが、この調査の設問は、読解力を見ていて、単なる知識では対応できないものだった。
解答者の上位は昔と変わらず、下位層が増えているのが全体を下げている。詰め込みや偏差値教育の弊害ではないか。知・徳・体のほかに「食」育という、人間力を備えた教育を提唱しているが、本を読み、発信することが必要。テストの成績が悪いので見直してもそれで上がるのか?と言っている。
トップのフィンランドの教育担当の国会議員10名と議論をした。フィンランドの授業時間は日本とは変わらない。5月に視察に行くが。先生の質(大学院修士卒が条件)や、落ちこぼれをつくらない教育をしている。日本もこういう方向に行くことが必要だと思う。
「総合的学習の時間」がうまく活用されているのかを検証するのが大事だとわかってきた。富裕層かそうでないか、家庭の中身が「富裕」かどうかで格差が生まれてきた。東大生の親の平均給与が高いということもわかった。
まずレールであろうが、成果をあげる仕組みを考えるのがゆとり教育である。ただシリを叩くのがよいのではない。

児玉:フィンランドでは先生が修士号取得者。99パーセントが公立校なんだそうです。まさにおそるべし、フィンランド。
鈴木:補足的に言うと、今の子どもたちの方が能力が高いこともたくさんある。ITや音楽、芸術などの自己表現などがそうである。トータルの力で子どもをみなければならない。そうすると活字文化を推進することが必要である。環境教育法や文化芸術推進基本法など、色々と努力しているが、ポイントがつかめないのが現状である。

児玉:今後の具体的な方向についてお聞かせいただきたい。
河村:(「文字・活字文化振興法の施行に伴う施策の展開」にそって説明した後、)読むだけでなく書くことも大事にしよう、という思いも含まれている。
公立図書館も、小さな市町村では図書館が無い。これを整備する必要がある。今度は公立図書館の番である。この法案により、未設置自治体での公共図書館の計画的整備を進めたい。
学校教育では、「図書館科」を設け、教員の質を上げる。そして、司書教諭の専任化や小規模校への配置、国際子ども図書館とのネットワーク化、盲・ろう・養護学校図書室の整備を行いたい。また、NIEの位置づけを明確にしたい。
次に、出版事業の支援である。学術書の支援や再販制度維持、出版者の権利保護も真剣に考えなければならない。世界で日本語の翻訳書を出すことで、日本の本の紹介をしたい。文部科学省の予算にも設けている。ブックフェアなども開催したい。
これから法案化を進めるが、必要なものがあればご意見をお寄せいただきたい。法案化の参考にさせていただく。
鈴木:書く力を復活させたい。

児玉:この法案でどういうことが可能か?
肥田:人生のそれぞれのステージで読書ができる環境を整えようと思っている。
子どもをひざに乗せて絵本の読み聞かせをするところから始まるが、学年が上がっていくと本を読まなくなる。高校生の60%以上が本を読まない。
そうなったらなぜマズいのか。
大学は本を読むところである。それができなければ、大学の授業が成り立たない。就職しても、社会のテキストが読み取れなければ、コミュニケーションが取れなくなる。したがって、高校生の不読は大問題である。
学校教育の全過程に読書を入れる。教員養成課程にも入れる。学校図書館は地方であまりにも格差がある。無関心な校長のいる学校はひどい。
「読書はヒマがあればやる」のではなく「読まねばならない」に変換すべきである。認知症にも音読が効く。安藤忠雄先生は「家を造るのにはまず本棚を作れ」とおっしゃった。
お役所の方も民間の方も沢山来ていると思うが、この法案は、しっかりやるための第一歩と考えている。

児玉:「小説を読まない国に未来は無い」ということだろう。この法案に掛ける期待をどうぞ。
松本:民間のレンタルブックに貸与権が与えられ、形の上では施行されている。
しかし一方では公共図書館では6億冊もの本が貸し出されている。これは作家の経済的利益の侵害ではないか。日本以外の先進国では公貸権があり、作家にお金が支払われている。60年前のデンマークが最初で、その後次々と北欧諸国で生まれている。この制度には文化的な意味合いがあり、北欧では母国語で書かれたものを保護している。
オーストリアやイギリス、ドイツでも設けられ、カナダやイスラエル、そしてフランスでも最近設けられた。
我々は公貸権を切実に希望している。ペンクラブと文藝家協会は、日本図書館協会や文化審議会などにも話をしに行った。シンポジウムを開き、沢山の方々が来たが、話し合いの中で分かったのは、双方が深刻な状況にあるということである。このままではどうしようもないので、一緒になってPRしていこうという流れになっている。
先進国並みに図書館を整備する一方で、知的所有権でもある--英国図書館のパンフレットに「公貸権は知的所有権の一部である」とあった--公貸権を設けていただきたい。

[次項に続きます]

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Comments

今年の高校の新入生の幾つかのクラスで「中学校の時に学校の図書館が開いていた、という人は手をあげて」と質問した所、どこのクラスでも一割しか手が上がりませんでした。(もちろん、中学にいた間一度も図書館へ足を運んだことがない子もいて、そういう子は開いていたかどうか分からないので手を上げないでしょうが)
肥田美代子は長い事、学校図書館関係で運動して来た人ですが、実際問題としては学校で相変わらずこういう現状が続いているわけです。

Posted by: チビ太 | April 16, 2005 at 02:00 PM

チビ太さま、コメントありがとうございます。

先日、沖縄の小中学校の学校図書館を見学する機会があったのですが、その小中学校がある自治体は長年学校図書館に理解のあるところだったので、各校1人ずつ学校司書が置かれ、また、図書館の造りもきちんと考えられて造られていました。そのお蔭で、児童生徒は休み時間になるとどんどん来ていましたし、司書さんの周りにも群がっていました。貸出し冊数もかなりの数だったと記憶しています。(そのせいか、沖縄の小学生の国語力は日本一なんだとか)
ところがそんな自治体でも、昨今の財政状況から、学校司書を削るという動きがあるそうです。きちんと成果が出ている自治体でもそうなんですから、そうでない自治体だといったいどうなるのか・・・

「文字・活字文化振興法」ができることによって、このような状況が改善されればよいのですが・・・

Posted by: gomame | April 18, 2005 at 01:10 PM

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